中国 東魏時代 青州仏  




中国 山東省青州石仏頭 

東魏(AD540年頃)
h: 14cm  

山東省青州出土 青州産石灰岩製





 1996年に発見された龍興寺石仏群と同タイプ。背屏式三尊像の中の主尊像の仏頭であろう。つまり、元は、如来の本像を中央にして、左右に脇侍菩薩像があったはずである。その三尊像は、大きな連弁形の光背からレリーフ状に掘り出されていたものである。



 この仏頭の全身は、おそらく身長60cm程度の像で、大きな背屏を入れると、高さ1mを超す造りであったと思われる。他の龍興寺出土仏の一部に残る顔料から見て、本品も元来は彩色されていたはずである。おそらく頭部には藍彩色が、顔には金箔が施されていたと推測される。

 肉髻は前部が欠けているが、明らかに細くて高く、頭頂から大きく突出している。龍興寺仏で、この特徴が見られるのは北魏〜東魏の時代のものである。
 
 青州では、北斉に入ると肉髻は極端に低くなる。表情や身体もインド・グプタ美術の影響を受けた表現に一変する。本品はその北斉様式ではない。

 本品は、北魏様式に当てはまる。特徴としては、アルカイックスマイル・丹風式半眼・湾曲した眉・蒜頭状の鼻である。

 北魏様式であるが、よりおだやかな表現であるので、少し時代の降った東魏期のものと推測される。


 青州仏の頭髪は、螺文・渦文・波浪文が見られるが、本品は渦と波浪状である。
 

左画像  【法隆寺 銅造菩薩立像】
       日本 飛鳥時代(7世紀)
       図録「日本仏教美術の源流」より

 左図は、法隆寺の金銅仏である。止利様式の造像である。日本風に表現すれば、仰月形の口唇部(アルカイックスマイル)・杏仁形の目(丹風式半眼)・鼻筋の通った鼻梁(蒜頭状の鼻)である。

 本所蔵品との類似点が多い。止利様式も本品も北魏様式であるので、当然ではあるが、時代は100年近く本品が古い。仏像がガンダーラで生まれて約400年が経過。ガンダーラから東進し、東洋化・中国化し、日本に入る直前の姿を本品に見ることができる。

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