舎利容器とその内蔵品 
舎利容器 緑泥片岩
ガンダーラ北部・スワート  1〜3世紀


 ガンダーラ地方において、AD1世紀後半頃からストゥーパの献納が急に増え、そのピークがその後150年間ほど続く。
 
 献納ストゥーパ内に納められた舎利容器が本品であるストゥーパは、日本で例えれば「春日大社に灯籠を納める」ようなものである。熱心な信者の献納物である。しかし、高僧の遺骨を納めた例もあるようで、この場合は墳墓を兼ねている。

 本品の場合、内蔵物に装飾品が目立つので、僧侶ではなく、俗人の献納物なのであろう。

■ストゥーパ

 仏舎利(釈迦の遺骨・遺灰)は、入滅後8カ国に分骨され、それぞれ大ストゥ−パに納められた。アショカ王(BC272〜BC232年ごろ)は、これをさらに分けて国中に8万4000のストゥーパを造ったと言われる。仏教徒にとって、ストゥーパ(仏舎利)が信仰の対象であった。

 ガンダーラに多数あった仏教寺院は、その中心には大きなストゥーパがあり、周りに数多くの中小ストゥーパが献納された。

 




 ■日本での五重塔(ストゥーパ)の位置づけ
 
インドの初期仏教では、スウーパ(仏舎利)が信仰対象であったので、仏塔こそが寺院の中心であった。日本の場合、最古の飛鳥寺でこそ、五重塔が伽藍の中央に配置されるが、その後は次第に付属的な位置づけになっていく。
 これは仏像に関係がある。日本へ仏教が伝来した際、最初から信仰対象となる仏像があったためである。抽象的な仏舎利(五重塔)より、信仰として分かりやすい仏像(金堂)に重きを置くようになるのは、自然である。
 その仏像の発祥の地がガンダーラである。


耳飾り:ブロンズ製で、金をきせている。

上:金の薄い装飾具
下:棒状の水晶
  両端に金を巻いている

極小の金製舎利容器真珠の装飾が付く。

貴石類:穴の空いたものは紐を通した首飾り
 ラピスラズリ(青色)はアフガニスタン産。  赤瑪瑙は、トルコ産
 真珠は、当時はペルシャ湾産の物が有名であるが、本品は川真珠か?

■参考画像
 日本の飛鳥時代の舎利容器
 崇福寺舎利容器 7世紀後半 大津市出土
 国宝 (京都国立博物館より)

 ストゥーパは、インドから中国に入り、卒塔婆(そとば)の漢字を音写し、高層化した。高い建造物を「塔」と呼ぶのもここからである。

 日本に入ったストゥーパ(卒塔婆)は、五重塔へと変化しているが、仏舎利塔としての役割は同じである。五重塔の基壇には舎利容器(仏舎利)が埋められる。

 左画像は、日本の初期仏教における舎利容器である。

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