古代アルメニア ローマとパルティアに翻弄される  

 古代アルメニア王国はアナトリア半島の東方・黒海からカスピ海までのかなり大きな範囲を支配していた。アルメニアの地は、西のローマ勢力・東のパルティ(後にササン朝ペルシャ)勢力との折衝点であったため、アルメニアはこの2大国に翻弄され続けるのである。

 BC1世紀 ティグラネス2世の治世、アルメニアは史上最大版図となる

 ティグラネス2世の父・アルタヴァスデスは、パルティアのミトラダテス2世の攻撃を受けて降伏した。アルメニアはパルティアの支配下になり、ティグラネス2世はパルティアの人質となる。この後、ミトラダテス2世はティグラネス2世をアルメニア王位につける。アルメニアはパルティアの属国で、ティグラネス2世はミトラデタス2世の傀儡のような存在だった。
 しかし、チャンスが到来する。パルティアに内乱が勃発した。この機にティグラネス2世は、パルティアの領土の一部とセレウコス朝シリア全土を攻撃し広大な領土を得た。これがアルメニア史上の最大版図である。 
アルメニア王国
ティグラネス2世

95-56BC
17.27mm 4.1g
表:王の肖像
裏:麦の穂
銘:諸王の王(バシレウス・バシレオン)

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アルサケス朝 パルティア  
ミトラダーテス2世
 
123−88BC頃
ドラクマ銀貨 
4.4g  19mm


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 大版図となったアルメニアだが、この後はローマにより新領土を奪われる。そして、2つの大国・ローマとパルティアの間で翻弄され続ける。ローマはアルメニアを傀儡化するが、パルティアはそれを嫌い、パルティアの息のかかった者をアルメニア王に即位させようとする。ローマVSパルティアの戦争の全ては、アルメニアがらみであった。 その例は次のページへ
→ ■パルティアとローマ皇帝トラヤヌス
→ ■パルティアとローマ皇帝ルキウス・ウェルス

 この後、ササン朝ペルシャがパルティアにとって変わり、アルメニアはササン朝の属国となっていく。そしてやがてローマも衰えていき東西分割。アルメニアをめぐる戦いの構図は、ビザンツ(東ローマ)帝国VSササン朝へと変化する。


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