キリスト教国アルメニア  


■キリスト教国アルメニアとササン朝
 ローマ帝国でのキリスト教は、313年にコンスタンティヌス帝のキリスト教公認があり、国教化は392年、テオドシウス帝による。アルメニア王国はローマに先立ち、301年、世界で初めてキリスト教を国教としている。
 ササン朝ペルシャの国教はゾロアスター教である。このササン朝が428年、アルメニアを併合。アルメニアは独立を失いササン朝領の一部となる。ササン朝はアルメニアにゾロアスター教を強要したが、当然アルメニアは反発した。キリスト教国家のビザンツ帝国に支援を求めた。ビザンツ対ササンの戦争に進展した。

■イスラム勢力の進出 〜ディアスポラ
 7世紀、イスラム教が急速に勢力を拡大した。アルメニアの地もアラブ人の支配を受けるようになる。一時的には独立も果たすが、イスラム教勢力の勢いは止まらない。11世紀末には、セルジューク・トルコの侵攻を受けた。こうした中で、アルメニア人は故地を離れて各地に広がった。ユダヤ人のディアスポラにも例えられる。

■キリキアに建国
■キリキア・アルメニア王国
レヴォン1世
11981219

28.3mm
7.4g
表:レヴォン1世の肖像とアルメニア文字で「アルメニア人の王レヴォン」
裏:十字架と2つの星アルメニア文字で「シスの地にて発行」

 小アジアはビザンツ帝国領であった。1071年、ビザンツ帝国がセルジューク朝との戦いに敗れることから、この地方の統治力が低下した。ビザンツ帝国配下から、キリキアにて、アルメニア系の王国が独立した。公式に成立したのは、1198年のことで、上のコインの王がその初代である。この国家は、1375年までイスラム勢力に対抗して生き延びる。滅ぼしたのは、エジプトのマムルーク朝であった。

キリキア・アルメニア王国を滅ぼしたマムルーク朝・シャーバン2世の貨幣

・Sha’ban2世(1362〜1376年)発行 
銅 2.0g 20mm
シリアのアレッポ製

■その後のアルメニア
 アルメニアは、モンゴル・ティムール・オスマントルコの支配を受ける。アルメニア人は、大虐殺を受けたり、世界に離散した者たちのコミュニティー形成など、ユダヤ人との共通点も多い。旧ソ連の支配の後、1991年、アルメニアは独立を宣言して、アルメニア共和国となった。
 アルメニアの文字は、ギリシャ文字を元にして、キリスト教聖人メスロプ・マシュトツが、404年に創ったとされている。


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