ビザンツ帝国前期  古代ローマ帝国の再興と挫折  


■テオドシウス帝(379−395年)の後の東西ローマ
《上の銅貨はテオドシウス帝》

■最後のローマ統一皇帝はテオドシウスで、彼の死後、395年より東西のローマ帝国は分裂したまま、永久に統一されることはなかった。
■西ローマ帝国は、ゲルマン人の侵入により476年滅亡する。一方の東ローマ帝国(ビザンツ帝国)はキリスト教国家として存続する。

■ユスティニアヌス朝  ローマ帝国の再興と挫折
■ユスティニアヌス1世
ユスティニアヌス1世 527−565年 
フォリス銅貨  コンスタンティノープル製 16.56g 32mm 

裏面の「B」は額面で、「40ヌムミ」であることを表す。「ヌムミ」は銅貨の通貨単位である。額面の数字をギリシャ文字で表す。M=「40」である。 Kならば「20」になる。40ヌムミが1フォリスである。

■ローマ古来からの皇帝像は横向きである。このコインも伝統に従い、ユスティアヌス1世の横向き像である。ビザンツ帝国では、5〜6世紀が「横向き像」から「正面向き像」への移行期である。下のマウリキウスのコインは正面像である。6世紀末以降は、肖像は正面向きのみになる。


 ユスティニアヌス1世は、アフリカのヴァンダル王国・イタリアの東ゴート王国・イベリアの西ゴート王国など、かつての西ローマ帝国の地域を攻撃し、その領土を広げた。古代ローマ帝国の領域が再現したかのような拡大ぶりであった。
■ユスティニアヌス1世は広大な領土を獲得したが、莫大な戦費を費やした。そして、この後領土の維持は困難となる。古代ローマとは異なり、大領土を維持するだけのシステムはない。


■ユスティニアヌス朝最後の皇帝マウリキウスとホスロー2世
マウリキウス 582−602年 フォリス銅貨  コンスタンティノープル製
11.83g 28mm
裏のMは、「40」を表す。40ヌムミ=1フォリス。皇帝像は正面向き。
■マウリキウスとホスロー2世
 ササン朝ペルシャは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の最大のライバルであるが、マウリキウスが皇帝の時には、一時の和睦を結んでいる。これにはペルシャ王ホスロー2世との関わりがあった。
 最大の敵国ササン朝から、ホスロー2世がビザンツに亡命してきた。皇帝マウレキウスがこれを援助した。やがてホスロー2世はササン朝王に復位する。その際に和睦を結んだ。一時の平和である。
 マウレキウスは軍部の反乱により殺される。その際、ホスロー2世は「仇討ち」として、ビザンツに攻め込んだ。

ササン朝ペルシャ ホスロー2世  (591〜628)
 マウリキウス亡き後のビザンツ帝国には、ホスロー2世は攻勢に出る。


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