ヘラクレイオス朝  イスラムの脅威 


■ヘラクレイオス朝
ヘラクレイオス1世 610−641年 ソリドゥス金貨
4.42g 20mm 
表:ヘラクリウス1世と息子コンスタンティヌス3世
銘「dd NN hERACLITUS ET heRA CONST PP.AVG」
 
裏:台の上の十字架
銘「VICTORIA AVGyE」

■ソリドゥス金貨は約4.5gで、ローマ帝国のコンスタンティヌス帝が発行したのが始まり。ビザンツ帝国の標準貨幣である。純度は98%の高品質であった

■ビザンツ帝国ヘラクレイオス 対 ササン朝ペルシャホスロー2世
VS
 ササン朝のホスロー2世は、ユニティアヌス朝のマウリキウスとは友好関係にあったが、マウリキウスを倒したフォカスと、フォカスを倒したヘラクレイオス1世とは、非常に激しい戦闘を繰り返している。

 ホスロー2世はビザンツの穀倉地帯であるエジプト・シリアを奪い取った。エルサレムにも入城し、キリストが磔刑
にされた「聖なる十字架」を持ち帰ったとされる。さらにビザンツの首都コンスタンティノープルの間近まで攻め入る。

 これに対し、ヘラクレイオスが反撃に出る。ペルシャ勢力を押し戻し、逆にペルシャの首都クテシフォンにまで侵攻した。その際「聖なる十字架」を奪回したとされる。キリスト教世界では、ヘラクレイオスは、異教徒(ゾロアスター教)のホスロ−2世の横暴に耐え、鉄槌を下した正義の皇帝である。

■これで安泰と思いきや・・・・
 ペルシャは、ホスロー2世に代わりカワード2世が王位につく。ヘラクレイオスはカワード2世と和議を結び、ホスロ-2世に奪われた地も返還された。これで安泰と思いきや・・・・。

■イスラムの脅威
 アラビア半島に生まれ、瞬く間に強大化したイスラムは、疲弊したササン朝をいとも簡単に倒した。さらに勢力を広げていく。ビザンツ帝国もせっかく復帰できたシリアを奪われる。以後、イスラムの勢いは増すばかりで、エジプトも奪われる。ビザンツ帝国領はぐんと減少した。
■8世紀末のビザンツ帝国とイスラム勢力

■東ローマ帝国からギリシャ帝国への変貌
 ヘラクレイオス1世以降、皇帝にバシレイオスの称号を採用し、ギリシア語を公用語とした。また、ローマ帝国の伝統である「パンとサーカス」の提供は打ち切った。エジプト・シリアの穀倉地帯の支配権を失ったためである。首都コンスタンティノポリスへの食糧配給ができなくなった。

 ヘラクレイオス以降、古代のローマ帝国とは全く異質の「中世ギリシャ帝国」という性格を帯びる。



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