エフタル  ササン朝の模倣貨


 エフタルは、クシャン朝に入れ替わるようにして、バクトリアの地を拠点に勢力を誇った。5〜6世紀が最盛期で、中央アジアのほぼ全域を支配し、ササン朝を脅かした。

 インドのグプタ朝にも侵攻した。560年頃突厥とササン朝に挟撃されて(事実上の軍事は突厥主体)、滅びる。

エフタルは、ビザンツ資料では「白いフン」と称されているが、匈奴ではない。テュルク(トルコ)系民族のようである。独自の文字は持たず、クシャン朝以来のバクトリア文字がコインにも記される。バクトリア文字は、ギリシャ語の草書体が変化したものである。


エフタルの銅貨
ナプキ・マルカ 6世紀頃 
銅 
 
 3.5g 26mm
 →拡大画像
表 : 王の肖像 銘:バクトリア文字「ナプキ・マルカ」
裏 : 拝火壇と2人の神官

   王の肖像と裏にゾロアスター教の拝火壇というササン朝コインの図像
    をもとにアレンジされている。


■ササン朝銀貨をそっくり真似たものも多い。ただ、重量は本来のササン朝に比べるとはるかに軽量になっている。

エフタルの最盛期
エフタルの銀貨 ペ−ロ−ズ(ササン朝)の模倣貨
5−6世紀頃 
ドラクマ銀貨 
3.7g 26mm
 →拡大画像
表 : 王の肖像
裏 : 拝火壇と2人の神官


■全盛期のエフタルは、ササン朝も手玉にとる勢い
 ササン朝のぺーローズ王は、国内での弟との王位継承争いにおいて、エフタルの軍事的支援を受けている。即位後にはエフタル勢力を排除しようとしたが、大敗し捕虜になってしまう。莫大な金額を支払い王にもどったが、再度の戦争ではエフタルに殺される。エフタルの勢力が最も強く、ササン朝を傀儡化しつつあった時期である。

■比較:本家ササン朝のぺーローズ貨
ササン朝ぺーローズ1世 
(457〜484) 
 
ドラクマ銀貨
4.2g 28mm

やがて滅亡へ

 560年、エフタルは、ササン朝と北東から進出してきた突厥に挟撃されて滅びる。国家が滅び突厥領となった後も、7世紀頃までササン朝の模倣貨を作り続けている。下の貨幣もそのころのものかもしれない。なぜ、ササン朝貨の模倣にこだわるか? それは、それが国際通貨だったからである。

エフタルの銀貨 オルフマズド4世(ササン朝)の模倣貨
クラサン 6−7世紀頃 

ドラクマ銀貨 
 
3.8g 33mm
 →拡大画像
表 : 王の肖像
裏 : 拝火壇と2人の神官  縁にバクトリア文字(phoro表音)刻印

   刻印文字は、草書体のバクトリア文字を刻印に適するように楷書風に整えたものだと
    思われる。


 参考文献
 :月刊「収集」2004年7月 平野伸二氏 掲載文 
 :世界史年表・地図  吉川弘文館
 :アジアの歴史と文化G中央アジア史 角川書店

 :流砂の記憶をさぐる NHK出版

コインINDEXへ

inserted by FC2 system