シルクロードの貨幣  亀茲(クチャ)

 亀茲は、シルロードのオアシス都市国家で、言語はトカラ語。民族的にはソグド人などと同じくコーカソイドに属す。通商都市と同時に仏教の国として栄えた。4〜5世紀には僧の数が1万。仏教の一大研究センターでもあった。キジル石窟が今に残る。

 鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)は亀茲の王子にして高僧であるが、戦争捕虜となって、長安へ行く。ここでサンスクリット教典の漢訳に尽くす。「阿弥陀経」 「般若経」 「法華経」など、日本でも読経する経は、鳩摩羅什の訳である。


■漢の時代

 後漢の班超はAD91年、亀茲を攻め落とし、ここを拠点に西域に最大領土を拡張している。後漢の領土が最大になったのは、この時代である。

■都市国家として繁栄
 漢の後、匈奴の支配下となる。匈奴が衰えると、交易都市国家として繁栄する。下の貨幣はこの時代である。


亀茲(クチャ)国 六世紀
1.8cm 1.5g

表:五銖  
裏:亀茲語(トカラ文字B)で「50累」


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 累とは中国の単位名で、1銖の10分の1。
 50累=50×(1銖×0.1)
    =(50×0.1)×1珠
    =5×1珠  
    =5銖    つまり、表書きの漢字銘の「五銖」と同じ意味になる。 


 トカラ語とは、タリム盆地のオアシス都市の言語で、これはインド・ヨーロッパ語族に属する。楼蘭からは、コーカソイド(白人)の少女のミイラが発掘されたように、この辺りの人種はモンゴロイドではない。西方系の民族だが、この貨幣に見えるように、極めて東洋的な文化の影響を受けているのが、おもしろい。

■7世紀中頃 亀茲国は滅び唐に
 ※左:唐「開元通宝」

 7世紀、亀茲を訪れた唐の僧がいた。玄奘三蔵である。この訪問の十数年後には、亀茲は唐に滅ぼされた。ここには軍事拠点となる安西都護府が置かれた。


 国は滅びても仏教信仰はまだまださかんであった。



天山ウィグル王国
 9〜14世紀

銅 2.2g 
22mm
ウィグル文字銘


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■天山ウィグル王国の支配
 唐は、安史の乱以来、西域での勢力が衰えていく。次にこの地に勢力を持ったのはウィグル(チュルク系)である。840年、モンゴル高原のウィグル王国が瓦解し、西域へと移動してきた。天山山脈一帯を支配した一派を「天山ウィグル王国」という。
 9〜14世紀までこの地方を支配し、言語のチュルク(トルコ)化が進んだため、トカラ語は死語となっていく。仏教信仰は延々と続いていた。

■11世紀中頃〜 イスラム化
  イスラム化が進んだのは、11世紀中頃。イスラムのカラハン朝が、この地方にジハード(聖戦)をかけてからである。なお、タリム盆地の西では、より早く10世紀からイスラム化が進んでいる。タリム盆地の東端がイスラム化するのは、14世紀になってからである。

※左:カラハン朝銅貨→イスラムコイン参照


 亀茲をはじめとする、西域のオアシス都市は、大仏教国であり、仏教の東伝に極めて重要な役割を果たした。しかし、残念なことにその後のイスラム勢力によりほとんどの仏教遺跡は破壊されてしまった。もとはどれだけの仏教遺跡があったかと思うと、残念でならない。


 参考文献
 :NHKスペシャル 新シルクロード 3 
 :世界史年表・地図  吉川弘文館
 :アジアの歴史と文化G中央アジア史 角川書店

 :MSN Encarta -Map of The World


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