ソグド人とは

 ソグド人はイラン系の民族で、故郷は現在のウズベキスタンのソグディアナである。近隣のオアシス都市はもちろん、アジア全域に入植し、さかんな商業活動を展開した。ソグド人の交易ネットワークは大規模で、シルクロードのオアシス都市には全てソグド人集落があり、同族で協力しながら交易を行った。
シルクロード交易は、ソグド人の独壇場であり、交易公用語がソグド語。交易公用文字がソグド文字であった。
交易に使用した貨幣は、左のようなササン朝銀貨、またはその模倣貨であった。
 突厥・ウィグルなどの遊牧民に対しては、軍事的にはその支配を受けながらも、文化・技術面ではそのブレーンとして、大国を影で操っている。

 中国においても、敦煌・長安といった拠点都市はもちろん、全土にソグド人集落があったという。胡人といえば、それはソグド人である。唐代のソグド人は、彼らの出身であるソグディアナの諸都市ごとに姓を名乗っている。サマルカンドは「康」・ブハラは「安」・タシケントは「石」という。


ソグド人の故郷

ソグド文字

ソグド文字は右から左へ読む。
または上から下へ縦書きもする。
アラム文字が変化したもので、この文字が
古代ウィグルで使用されるうちにウィグル
文字に変化。さらにはモンゴル文字・満州
文字へと変化する。
日本に残るソグド文字
 左:栴檀香(法隆寺献納宝物 東京国立博物館蔵 重要文化財)
   「遣唐使と唐の美術展図録」より
 
 右:香木に焼き入れられたソグド文字(NHK出版「文明の道B海と陸のシルクロード」より)

 聖徳太子の時代から法隆寺に伝わるという白檀の香木には、ソグド文字の焼き印が押されている。重量または価格を記したものであるらしい。香木はインド・東南アジアなどの熱帯産である。インドから陸路でヒンドウ−クシ山脈を越え、シルクロードを経てきたものだろうか。それならソグド文字が入るのが納得できる。しかし一方、ソグド人は、海上ルートである南海交易にまでも手を出していたのではないかという説もある。ソグド人自身が、飛鳥時代に来日したという可能性は極めて低いが、全く否定はできないようだ。


ソグド人の顔



東京国立博物館
遣唐使と唐の美術展図録より

西安市文物保護考古所所蔵
コインの肖像 三彩 胡人武官

 イラン系のコーカソイドであるので、高い鼻・彫りの深い顔・髭、というのが特徴である。唐の長安で人気のあった胡姫もソグド美女で、その舞はソグド舞踊である。上右の画像は、唐朝の官に登用された胡人・つまりソグド人である。
 玄宗皇帝に重用され、楊貴妃とも親密であったという、安禄山。彼もまた官登用されたソグド人であった。その安禄山が唐でのソグド人没落の原因をつくる。

ソグド人の没落

 安禄山は権力を登り詰め、さらには皇帝の座までも狙った。「安史の乱(755年)」である。彼とともに乱の首謀者であった史思明もソグド人である。この乱の後、唐では胡人(ソグド人)の大弾圧が起きた。中国で築き上げたソグドネットワークは崩壊した。
 
 同時に本国では、8〜9世紀にイスラム勢力の攻撃が激しくなった。各オアシス都市国家は滅亡し、イスラムの完全支配をうけるようになる。こうして、ソグド人は新興のウィグルをはじめ、各地の民族の中に埋没していった。
 

 参考文献
 :月刊「収集」2004年7月 平野伸二氏 掲載文 
 :世界史年表・地図  吉川弘文館
 :アジアの歴史と文化G中央アジア史 角川書店

 :MSN Encarta -Map of The World
 文明の道B海と陸のシルクロード NHK出版
 :東京国立博物館 遣唐使と唐の美術展図録


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