ササン朝銀貨の模倣貨 タバリスタン・ブハラ


 ササン朝の銀貨は、西〜中央アジアで広く流通する国際通貨であったので、周辺国でもその模倣貨幣を作っている。ササン朝存続中はもちろんだが、その滅亡後もその銀貨は流通し続けた。模倣貨幣の中には、ササン朝滅亡のはるか後に作られたものもある。



タバリスタンについて


 タバリスタンは、カスピ海の南岸沿いの地域で、ササン朝領であった。7世紀半ば、ササン朝を倒したイスラム帝国が旧ササン朝領を支配したが、タバリスタンは南に急峻な山岳地帯があるため、イスラム征服下においても、しばらくの間は半独立的に存続した。下は、その時期のササン朝模倣貨である。

 ササン朝銀貨のコピーをしているが、イスラムの影響・アラビア文字が見られる。また、この貨幣の発行は、ササン朝滅亡後100年近く経過してからである。その時期でも、まだササン朝銀貨は流通の主流だったことが分かる。
ホスロー2世?模倣貨  8世紀頃  
1/2ドラクマ銀銀 
 
2.0g 25mm
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表 : 王の肖像 ※ササン朝ホスロー2世の模倣であると思われる。
     左下の文字は、アラビア文字「NeVak(表音)」の変形?
裏 : 拝火壇と2人の神官
■比較:本家ササン朝のホスロー2世貨 本歌は模倣貨の100年以上前のものである
ササン朝 ホスロー2世
591〜628年
ドラクマ銀貨
4.2g 36mm

ブハラについて
 ブハラは、ソグディアナ西部の都市である。ソグド地方では、ブハラ・サマルカンド・タシケント等、各オアシス都市が都市国家として存在した。アレクサンドロス東征以後、ギリシャ系のバクトリア・クシャン・ササン・エフタル・突厥、そしてイスラムへと、支配者は変わったが、イスラム化が進むまでは、各都市の自治が存続していた。
 下のブハラ銀貨は、ササン朝滅亡後、商用流通貨不足を補うために発行されたのだろうか。ササン朝貨の模倣ではあるが、かなり図像は変形している。裏の拝火壇も、もはや原型を留めていない。
バハラ−ム5世模倣貨  8世紀中頃 
2.9g 23mm
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表 : 王の肖像  ササン朝ペルシャ・バハラ−ム5世(420−438年)銀貨の模倣
    頭の後ろには、パーラヴィ文字がデザイン化されて残っている。
    右の銘:ソグド文字「ブハラの王」     
 
裏 : 拝火壇 
アッバース朝「アル・マハディ」 
ブハラ  770−785年  銀
2.9g 25mm
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表 : 王の肖像  ブハラ銀貨の模倣(ブハラ銀貨はササン朝銀貨を模倣)
    頭の後ろには、アラビア文字で銘:「アル・マハディ」
    右の銘:ソグド文字銘:「ブハラの王」     
 
裏 : 拝火壇 
イスラム支配となってから、この地の知事が発行した。上の銀貨を模倣したものである。
ササン朝模倣貨のそのまた模倣というわけである。
イスラムにあるまじき図像である。表は肖像、つまり偶像。裏は異教の拝火壇。この時期には
まださほど教義も厳しくなかったのか? 

 参考文献
 :月刊「収集」2004年7月 平野伸二氏 掲載文 
 :アジアの歴史と文化G中央アジア史 角川書店

 :流砂の記憶をさぐる NHK出版

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