べトナムのフランス支配 〜漢字からラテン文字へ 

 中国に寄り添い、欧米との接触を拒み続けたベトナムに、いよいよフランスが武力行使をする。フランスは、1859年に南部のサイゴン占領から始まり、北へ北へと侵攻する。 1883年にはベトナム全土がフランスの支配下となった。
 1884〜1885年、ベトナムを巡って清とフランスが対決する。清は、ベトナム阮朝の宗主国であったからである。結果はフランスの圧勝で、清はベトナムにおける権利を失った。(朝鮮を巡っての日清戦争と同じパターンである。)そしてフランスは、カンボジア・ラオス・ベトナムを合わせ、植民地「フランス領インドシナ」を支配した。

 下は、
フランス領インドシナの貨幣  
 方孔円銭(四角い穴の円形銭)は、中国において2000年以上の歴史を誇る。ベトナムも中国に倣い方孔円銭を発行し続けた。新しい支配者のフランスも、当初はこの伝統ある形を採用している。東洋的な銭形にフランス語という組み合わせが面白い。
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表:右から反時計回りに「大法国之安南」と漢字が並ぶ。上下に当二。法国とはフランスである。安南は古来からのベトナム称であるが、フランスは、ベトナムを北部「トンキン」・中部「アンナン」・南部「コーチ・シナ」と、3分割統治した。その中の安南(アンナン)を」指す。 

裏:フランス語で、FRANCAISE INDO・CHINE(フランス領インドシナ)とある。1899年製。年数の数字の上には小さく「A」のミントマークがある。これはフランス・パリ製であることを示す。  
  
ベトナムの最高権力者はフランスから来た総督であるが、フランスの傀儡政権として、阮朝は残された。下の貨幣は阮朝末期の皇帝の発行銭である。フランスが発行する貨幣と平行して発行している。
成泰通寶
大南成泰帝福昭
成泰元年(1889年)

啓定通寶 打刻製
啓定帝福昶
啓定元年(1916年)
保大通寶
保大帝
保大元年(1926年)

 時代は、日本では明治から昭和始めに当たる。新しい時代のもので、右の「保大通寶」は、世界で最後の方孔円銭であろう。発行者の保大帝は、阮朝のラストエンペラーである。保大(バオダイ)帝は、太平洋戦争で日本がインドシナを支配したときも、皇帝として存続している。1945年、終戦と同時に退位した。この人物はその後紆余曲折を経てフランスに亡命する。フランスにおいて亡くなったのが、1997年(平成9年)のことである。

漢字からラテン文字へ
 フランスはベトナムの近代化を進めた。文書も漢字ではなく、ラテン文字、つまりベトナム語をローマ字表記するようになった。上の紙幣の肖像は、建国の父「ホー・チ・ミン」。漢字では「胡 志明」であるが、現在、漢字を使えるベトナム人はいなくなった。



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