エドワード1世 


エドワード1世(1239-1307 :在位 1272-1307 )
イングランド プランタジネット朝 ペニー銀貨 18mm 1.27g
ダラム(Durham)ミント  1280年の1月〜5月に製造

■長脛王 中世イングランドで一番の名君
 エドワード1世は長身で、190cmあったと言われている。そのため「長脛王」と呼ばれる。1272年、父王が死去したときには、第8回十字軍に遠征中であった。王に即位した後は次々に諸政策を打ち出し、ウェールズとスコットランドに対する功績で、イングランドでの中世一番の名君と呼ばれている。
■13世紀末のイングランド王国

 
エドワード1世が即位したころのイングランドは左地図のような状況であった。フランス王国内にイングランド領がある。これは、1066年、フランスのノルマンディー公ギョームがイングランド征服をしたことによる。それ以降、イングランド王国は大陸とブリテン島とにまたがっている。イングランド宮廷ではフランス語のノルマンディー方言が使われていた。

 大陸部分の領地をめぐっては、常にフランス王国と抗争しており、時代により、拡大と縮小を繰り返している。この後にも、英仏間で100年戦争が起こることになる。

 イングランド王国の北にはスコットランド王国が、西にはウェールズ公国があって敵対している。
下画像:カーナーヴォン城 ■ウェールズを支配 「プリンス・オブ・ウェールズ」の始まり

 王はウェールズを攻撃し、支配下に置いた。1301年には長男に「プリンス・オブ・ウェールズ」の称号を与えた。これ以降、イギリス(イングランド)王室では、皇太子にこの称号を付けることとなった。現在(2010年)の女王はエリザベス2世で、プリンス・オブ・ウェールズはチャールズである。


 ウェールズを征服したエドワード1世は、この地に強固な城を造り、支配を固めた。左画像は、そのうちの一つ、カーナーヴォン城である。

■スクーンの石 エドワード1世と700年後のブレア首相
 エドワード1世はスコットランドに対しても圧倒し、1296年、スコットランドを統治下においた。そして「スクーンの石」を奪った。スクーンの石とは、スコットランド王国に伝わる聖なる石で、代々のスコットランド王はこの石の上で戴冠式をした。
 イングランドに運ばれた石は木製の椅子にはめこまれ、ウェストミンスター寺院に置かれた。これ以降、イングランド王家においても、代々の戴冠式で使用されている。

 エドワード1世が奪ってからちょうど700年後、
1996年に、スコットランド出身のイギリス首相トニー・ブレアの政権により、スコットランドに返還された。現在はエディンバラ城にて保管されている。


■映画 ブレイブ・ハート
 エドワード1世の支配下にあったスコットランドにおいて、ウィリアム・ウォレスが反乱を起こした。映画ブレイブ・ハートは、このウィリアム・ウォレスが主人公で、メル・ギブソンが演じている。映画ではエドワード1世は冷徹な悪役である。

■「首吊り・内蔵抉り・4つ裂き」の刑
 やがてこのウィリアム・ウォレスは捕らえられ、処刑されるのだが、その刑が凄まじい。「首吊り・内蔵抉り・4つ裂き」の刑で、イングランドで最も重い刑である。この重刑をエドワード1世は2度執行している。このウォレスともう一人は、ウェールズとの戦争において捕らえた「ウェールズ大公」である。
 刑の内容は、絞首台にかけるが絶命前に縄を切る。性器を切り取り、内蔵を引きずり出す。罪人に意識があるうちに心臓を見せつける。首をはねて絶命させ、胴体は4つに裂かれ、別々の場所で晒される。 ・・・というおぞましいものである。
 


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