スペインがイスラムに

■750年頃の勢力 


■ウマイヤ朝〜 イベリア半島へ
661年 ウマイヤ朝成立。 ダマスカスを首都とする。
667年 ビザンツ帝国のカルタゴを陥落させ、北アフリカを支配。
712年 イベリア半島に進出。
ゲルマン人国家西ゴート王国を滅ぼし、イベリア半島全域を支配。
720年 ピレネー山脈を越えてブルゴーニュ地方(フランク王国)も占拠。
732年 トゥール・ポワチエの戦い

■トゥール・ポワチエの戦い
 メロヴィング朝フランク王 「カール・マルテル」 が
ウマイヤ朝イベリア知事アル・ガーフィキーと戦い、辛くも退ける。 退けるもイスラム勢力は強力で、イベリア半島での支配は今後永く続くことになる。


■ウマイヤ朝滅ぶ〜 シリアから脱出
 アッバース朝によりウマイヤ朝は滅んだ。ウマイヤ朝の王族はことごとく殺されたが、アブド・アッラフマーン1世だけは首都ダマスカスから脱出。北アフリカのモロッコまで逃走し、勢力を蓄える。その後イベリア半島に入り後ウマイヤ朝を建てる。コルドバを首都とする。 

後ウマイヤ朝とは、本来のアラブを中心とするウマイヤ朝と区別するために、日本で言い習わしている。
世界的にはアンダルス・マウイヤ朝と呼ぶようである。アンダルスとは、アラビア語でのイベリア半島の呼び名。
後ウマイヤ朝アミール ムハンマド1世(852〜886年)


■イベリア半島のイスラム
 この後1031年には後ウマイヤ朝は滅びる。キリスト教国のレコンキスタによりイスラム勢力は衰えていくが、最後のイスラム王朝ナスル朝(グラナダ王国)は、1492年まで存続した。アルハンブラ宮殿はこの王朝の宮殿である。

■大航海時代の覇者 スペイン・ポルトガル
 スペイン・ポルトガルが大航海時代を征したのは、海運技術力があったためである。その技術のベースはイスラムによるものであると言われている。イベリア半島で永らく同居したイスラムの技術の蓄積があった。その上でのバスコ・ダ・ガマやコロンブスの活躍である。
 また、イスラム勢力と隣り合わせであったため、精神面では他のヨーロッパ諸国よりも、キリスト教国としての自意識が高い。未知なる世界への積極的な布教活動も、その現れであろう。

 フランシスコ・ザビエルの活動も、もとを正せばウマイヤ朝がイベリア半島を支配したからこそ?


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