ヘロデ・アンティパス 〜 アグリッパ1世 

ヘロデ王の息子 ヘロデ・アンティパス 

 ヘロデ王の死後、子は兄弟で領土を4分割した。ローマは、父ヘロデのような王になることを許さなかった。王位は持たない領主とし、ローマの総督の支配下におくことになった。イエス・キリストの領主がヘロデ・アンティパスである。

サロメ

ギュスターブ・モロー「出現」 ラファエロ「聖母子と幼児聖ヨハネ」
 右の幼児がヨハネ
 サロメは、ヘロデ・アンティパスの姪であり義理の娘になる(よく分からない関係)。宴席での舞踊褒美として、ヘロデ・アンティパスから「何でも求めよ」と言われ、洗礼者ヨハネの首を求めた。これが新約聖書の記載事項である。ただし、聖書では娘と書くだけで、サロメという固有名詞はないらしい。

美女サロメと血の滴るヨハネの首という取り合わせは、絵画として数多く描かれた。19世紀には、オスカー・ワイルドが大胆に脚色した戯曲「サロメ」を発表。ギュスターブ・モローは象徴主義のその作品の題材に用いている。
首をはねられたヨハネは、イエス・キリストに洗礼を行った人物。幼児の姿は聖母子像とともに描かれる。


ヘロデ王の孫 アグリッパ1世
アグリッパ1世 41〜44年AD発行  銘:ギリシャ文字で「アグリッパ王」 
アグリッパ1世は、ヘロデ王の孫であるが、上述のヘロデ・アンティパスとアグリッパは親子ではない。。

アグリッパといえば、ローマ・アウグストゥスの右腕として活躍したアグリッパ。しかしこのアグリッパとは関係ない。ユダヤでも親ローマ派は、純ローマ風のこの名を好んでつけていたようである。


 アグリッパは青少年期をローマで過ごし、ローマ皇帝となったカリグラとは友人関係にあった。ヘロデ王の後は、ユダヤの地はローマのシリア総督支配下にあった。ここで一度、ヘロデ王の孫アグリッパに統治を任せてみようか、となった。親ローマであることが何よりの好条件。アグリッパ1世は、正式王位についたわけではないが、祖父ヘロデ王と同じ領土を支配した。 彼の死後、ユダヤの統治は再びローマの総督へともどされる。


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