コインの上の文字  フェニキア文字からギリシャ文字

■フィニキア文字から派生した文字

 フェニキア文字は、BC1000年頃、地中海一帯の海洋交易民族のフェニキア人の使用した文字である。メソポタミアのアラム文字とは兄弟関係にあたり、ともにセム文字から生まれたようである。また一方、フェニキア文字からアラム文字が生まれたとする親子関係との説もある。その説の場合、ヘブライ文字やアラビア文字もフェニキア文字から生まれたことになる。

 ここでは、アラム文字とは兄弟となる説で構成した。つまり、アラビア文字などは全てアラム文字系に入れた。フェニキア文字派生は、ギリシャ文字だけにした。


    
■フェニキア文字
BC1000年頃〜?


 フィニキア人の拠点ははシリアの地中海岸にあった。BC15世紀頃から都市国家を形成し、BC12世紀頃から地中海全域で交易活動をした。アッシリアやアケメネス朝ペルシャの支配下になっても、海上交易でギリシャ系都市国家を競いながら繁栄した。しかし、アレクサンドロスのペルシャ征服の後、ギリシャ系勢力に押され姿を消していった。本国は衰退したが、フィニキア植民都市のカルタゴは繁栄を続け、ローマと争うことになる。ハンニバルで有名なポエニ戦争のポエニとは、フェニキア人のことである。

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■ギリシャ文字
BC(9〜8)世紀?〜現代

 フェニキア文字からギリシャ語表記のために生まれた。マケドニアのアレクサンドロス3世が東征し、大帝国をたてる。これによりギリシャ文字はオリエント全体に広がる。アレクサンドロス帝国分裂後も、オリエントでは長らくギリシャ語とギリシャ文字が使用される。
 ローマ時代のギリシャ語・ギリシャ文字は、学術言語として権威があった。7世紀からはビザンツ帝国の公用語となる。
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アジアで使用されたギリシャ文字
バビロン 
アレクサンドロス帝国
パルティア バクトリア王国 インド・グリーク朝
クシャン朝では、言語はバクトリア語であるが、ギリシャ文字で表記する。
書簡ではギリシャ文字の草書体も用いた。
エフタルでは、クシャン朝に倣い、バクトリア文字(ギリシャ文字の草書体が変化した)を用いた。
クシャン朝 エフタル

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