古代の大帝国 アケメネス朝ペルシャ


■ペルシャ戦争(対ギリシャ)
アケメネス朝ペルシャ 486〜470年BC頃 クセスルクセス1世  
5.6g 銀シグロス貨 最大径1.5cm おそらく小アジア(トルコ)出土
裏面の窪みは、パンチ痕。ハンマーで打ち込んだ痕である。
■ペルシャ戦争時のギリシャ
 クセスルクセス1世はダレイオス1世の息子で、2回目のギリシャ遠征を行っている。この時ギリシャのポリスでペルシャに対抗したのは、アテナイ・スパルタなど南部の連合軍である。北部のポリスは中立をとった。クセスルクセス1世はギリシャ側の本拠地アテナイのアクロポリスを陥落させたが、サラミス海戦では、テミストクレス中心のギリシャ海軍に破れた。
 クセスクセス王は、本国バビロンの反乱を抑えるために帰国。ギリシャ戦は部下が続行した。ギリシャ側の激しい抵抗にあい、征服はならなかった。
 
 ポリス国家であったギリシャは、この戦いでは利害を超えて共同戦線を張った。戦後は、ペルシャ対策として、デロス同盟を結成した。そこではアテナイが中心となり、対抗するスパルタとの亀裂が深まった。こうして、ギリシャポリス間のペロポネソス戦争へと向かうことになる。
 

■帝国東端のベント・バー
タキシラ・ガンダーラ〜アフガン高原 BC6〜BC4世紀 11.4g 3.8cm 
インド地方では最初の貨幣
 インダス川上流の現在のパキスタン一帯は、ペルシャ帝国の東端になる。この地方独自の棒状の銀貨は、湾曲しているのでベントバーと呼ばれる。重量は約11g。この単位をサマタナと呼び、1サマタナは、ペルシャの銀の単位1シグロス5.5gの2倍である。
 ベントバーは細長いが、比較的短い幅広タイプのものも多い。


■滅ぼしたのはマケドニアのアレクサンドロス3世
アレクサンドロスV世(大王)テトラドラクマ銀貨  
336−323BC   
 
バビロン製  16.8g 24×26mm
 アケメネス朝ペルシャを滅ぼしたのは、アレクサンドロス。ダイレオス3世を破り首都バビロン入城。さらに東征しインダス川にまで達する。アケメネス朝の領土をほとんどそのままアレクサンドロスが支配下におき、大帝国を建てる。アレクサンドロスは、ペルシャをギリシャ化するより、自らがペルシャ風の王であることを好んだ。アケメネス朝最後の王はアレクサンドロスであるとも言われる。

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