カリグラ


カリグラ(治世37−41年)  
アス銅貨 37−38年発行  9.56g 28.3mm
表銘:C CAESAR AVG GERMANICVS PON M TR POT
裏名:VESTA  大きく「SC」

■カリガ(軍靴)
 ローマ市民に絶大なる人気のあったゲルマニクスが、カリグラの父である。カリグラの本名はガイウスで、2歳の時に司令官の父とともにゲルマニアにいた。軍営でカリガ(軍靴)のミニチュアをはいていた姿が人気を呼び、カリグラと愛称で呼ばれた。


←左は兵士のはくカリガの図
 革製のサンダルで裏に鋲が打ってある。

■散財の限り
 前皇帝ティベリウスは緊縮に徹し、国庫には莫大な金が納まっていた。ティベリウスはアウグストゥスの後を受けて、帝政システムを盤石なものにしたのだが、市民からの人気は低い。カプリ島に遁世した意地の悪い老人というイメージであった。皇位が英雄ゲルマニクスの遺児・カリグラ(ガイウス)に移ったと聞いた市民は歓喜した。
 皇帝になったカリグラは、剣闘士試合を復活させ人気がさらに上がった。しかしここからがいけない。次から次へと散財の限りを尽くす。水に浮かぶ宮殿というべき豪華遊覧船をいくつも建造した。1920年代、ネミ湖の干拓により2隻の船の残骸が発見された。船の全長は70mで甲板はモザイクで装飾され風呂や柱廊もあった。これにより、歴史家スエトニウスの記述の正しさが証明された。

←左の画像は発見当時の写真である。出土物は第2次世界大戦で消失した。
 一番の散財・愚行は、「船の橋」である。ナポリ湾のバイアエで3km以上の船の橋を架けさせた。橋には商船を何艘も徴発し、足りないと見るとその場で建造させた。船をびっしり並べその上に道を作り、2日間のバカ騒ぎをしたという。すべては2日間のためだけである。

 散財で国庫が底をつくと、新しく税を設けたり市民の財産の没収へと向かい、元老院との関係は急速に悪化する。自身は神としてふるまうようにもなった。

■最期
 カリグラの死は、親衛隊長や元老院議員たちが糸を引く暗殺であった。劇の見物の後、退場の際にメッタ刺しにされた。




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