ハドリアヌス  現場主義者によるメンテナンス 


ハドリアヌス帝(治世117−138年) 
デナリウス銀貨 125年発行 3.17g 18.8mm
表銘:IMP CAESAR TRAIAN HADRIANVS AVG
裏銘:P M TR P COSIII

■ハドリアヌス以後の皇帝にはあごひげ
 ハドリアヌスは、彼のギリシャ趣味からあごひげをたくわえたようである。それがファッションとして定着し、この後の皇帝にはみなあごひげがある。デナリウス銀貨は、あごひげの有る無しで、ハドリアヌス前と以後との判断がつく。


■帝国のメンテナンス
 最大領土となったトラヤヌスの後を受けたハドリアヌスは、属州全てを巡視した。巡視期間は合計12年間にもおよぶ。西はスペイン・北アフリカ。東は黒海沿岸〜パルミュラ。南はエジプトのテーベ〜リビア砂漠。北はライン川防衛戦〜ブリテン島(イギリス)。それぞれの地で、インフラ整備から軍備再編まで一つ一つに直接指示を出し、徹底して合理化を行った。トラヤヌスがパルティア戦で手に入れたメソポタミアは、維持不可能とみてあっさり放棄している。常にここに大規模な軍隊を常備させることで、他地域の防衛線が手薄になるからである。現実的な判断である。
 非常に有能なハドリアヌスなのだが、元老院との折り合いは悪かった。

  →サイト内「ユダヤ戦争」参照
  →サイト内「ローマvsパルティア トラヤヌス帝〜ハドリアヌス帝」参照 

■イングランド ハドリアヌスの長城
イングランドとスコットランドの境界付近にある長城。ハドリアヌスが122年から建設させた北のケルト人への防衛ラインである。壁の高さは4〜5m・厚さ約3m・約1.5kmの間隔で監視所が設置されていた。また6km間隔で要塞が建築され、ケルト戦に備えローマ常備軍が臨戦態勢にあった。

 この長城がローマ衰退後の4世紀後半以降、スコットランドとの国境線として、軍事的にも使用され続ける。
■パンテオン
 パンテオンはもとはアウグストゥスの片腕のアグリッパの建造物であったが、火災で焼失した。ハドリアヌスが再建し現在に至っている。ローマの神殿は、キリスト教公認後は異教であるために取り壊された。その中でこのパンテオンは教会として使用されたため、今にローマ時代の見事なドームを残している。


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