パルティア・ヴォロガセス4世 vs ローマ・ルキウス・ウェルス帝

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 ローマは哲人帝として有名なマルクス・アウレリウスの時代、弟のルキウス・ウィルスが共治帝となった。パルティアのヴォロガセス4世は、ローマの傀儡国アルメニアとローマ領シリアを攻撃。ここから、パルティア戦争が開始する。 指揮官は、パルティア王・ヴォロガセス4世。ローマはルキウス・ウィルス。

パルティアでは王位継承の度に内乱が起こり
分裂する。王が二人立って、長期にわたって東西分裂していた状態が続いていた。

ヴォロガセス4世は、久々に登場した単独王である。
パルティア王 ヴォロガセス4世
(在位148−192年)

ルキウス・ウィルス(在位161−169年)
デナリウス銀貨 163年
マルクス・アウレリウス(在位161−180年)
デナリウス銀貨 164−165年

■ローマの進攻
 ローマ軍はアルメニアに進攻して、親ローマの新しい王をすえた。そしてパルティア内メソポタミアに攻め入る。パルティアの首都クテシフォンを落とし、王宮を破壊した。こうして徹底的にパルティアを叩いた上で戦役を収めた。
 もっとも皇帝で指揮官のルキウス・ウィルスは、前線には出ず、後方の地中海沿岸で優雅に暮らしていた。おまけにオリエントの美女パンテアにすっかり気を取られていたらしい。

 この戦いの凱旋式(ローマにて)は、トラヤヌス帝のパルティア戦以来50年ぶりであった。前回の勝者トラヤヌス帝は、帰国途中の病死のため遺灰となっての凱旋だった。

■パルティアの習性
 パルティアは新しい王制になった時には、武威高揚のため、決まって反ローマ行動に出る。ヴォロガセス4世は、久々に登場したパルティア単独王で、やはり同じ行動に出た。しかしそれが間違いだった。五賢帝時代のローマは最強。勝負にならなかった。武威高揚どころか、この後60年後にはササン朝に倒されるように、ここから落日へと向かうのである。



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