セプティミウス・セウェルス  


セプティミウス・セウェルス(治世193−211年) 
デナリウス銀貨  200−201年発行  3.24g 18.7mm
表銘:SEVERVS AVG PART MAX
裏銘:RESTITVTOR VRBIS


■内乱状態を終結
 五賢帝の後のコンモドゥスの悪政と暗殺の後、皇位は不安定であった。混乱に乗じて皇帝の座に登り詰めたのがセプティミウス・セウェルスであった。彼は敵に対しては容赦しない。皇帝の座を競い合った者とその一族・支持者を冷酷に切り捨てている。兵士を優遇したため軍には絶大な人気があった。

■アフリカ出身の皇帝

 セプティミウス・セウェルスは、現在のリビア沿岸の都市レプティス・マグナ出身のフェニキア人である。ローマ帝国初のアフリカ出身の皇帝である。
 上の画像(四方に道路が通じる凱旋門)はレプティス・マグナにある。この北アフリカの都市には、故郷に錦を飾ったセプティミウス・セウェルスにより、ローマの最高技術で新規に多くの建造物が造られた。遺跡群は砂に埋もれていたので保存状態がよい。
■パルティア戦争

 上の画像の凱旋門はローマにある。パルティア戦争での勝利を祝っての凱旋門である。セプティミウス・セウェルスは、弱体化していたパルティアを攻撃し、首都クテシフォンを陥落させた。財宝を全て奪い去り10万人を奴隷にしたという。メソポタミアを属州にした。トラヤヌス時代の再来であった。
 パルティアはまだ存続していくが、この後に東方で急速に勢力を伸ばしていくのがササン朝ペルシャである。

■なぜ悪帝のコンモドゥスの神格化を?
 コンモドゥスは死後、元老院により「公敵」=「記憶の抹消」の刑を受けている。皇帝にとっては最も屈辱的な刑である。それを解除し、さらには神格化することをしたのが、セプティミウス・セウェルスである。

 アフリカ出身の皇帝は、皇位の正当性が欲しかったので、哲人帝として思慕されていたマルクス・アウレリウスの養子である名乗った。さらに長男のカラカラを「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」と改名させた。(※後にカラカラが発布した勅令を「アントニヌス勅令」というのは、この名がとられている。)
 しかし困ったことに、哲人帝マルクス・アウレリウスの実子が悪帝コンモドゥスである。このコンモドゥスを無罪にしておかねば、義理ではありながらも一族内に犯罪者を持つことになる。こうして、強引にコンモドゥスの罪の解除が行われた。さらには神格化をした。こうして稀代の悪帝は神になったのである。



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