ティベリウス


ティベリウス(治世14−37年)
デナリウス銀貨 18−35年発行 3.71g 19mm 
聖書の「Tribute Penny」(貢納の貨幣)

■オクタウィアヌスのもとで
 ティベリウスの母は再婚により、オクタウィアヌス(後の初代皇帝)に嫁いだ。ティベリウスは、その母の連れ子であった。オクタウィアヌスとは血のつながりはない。成長したティベリウスは、アグリッパのもとで軍歴を重ねた。アグリッパの死後は、自身がローマの軍政を支えている。
 

■ワンポイントリリーフのはずが
 初代皇帝アウグストゥスの後継者は、娘ユリアと朋友アグリッパとの子のガイウス、あるいはその弟のルキウスが最有力であった。この2人は皇帝の孫になる。しかし、そのガイウスもルキウスも夭逝してしまった。

 次に、アウグストゥスは、自分の血とつながるゲルマニクスを皇帝にするつもりであった。彼がまだ若すぎるので、中継ぎとしてティベリウスを指名したのである。こうして、アウグストゥスの死後、ワンポイントリリーフとして、56才の高齢で第2代皇帝となった。
 ところが、ゲルマニクスは早死にし、ティベリウスは77才まで生きたことで、思わぬ長期政権となった。

■最低の悪帝か?
 ローマの歴史家タキトゥスは、ティベリウスを酷評している。タキトゥスは共和主義者であり、元老院を軽視した皇帝には辛口になる。ティベリウスは、アウグストゥスが始めた帝政を盤石なものにしている。元老院の相対的地位を落とした皇帝ということで、タキトゥスの評価は低い。この大歴史家タキトゥスの貼った悪帝レッテルがその後もずっと続く。
 ティベリウスは、68才からはカプリ島に隠遁した。このことも、古来から非難の的である。醜悪な老人が引きこもり、性的倒錯の毎日を送ったとされ、嫌悪されてきた。

■いや、賢帝である!?
 18世紀の啓蒙思想以降は、ティベリウスの評価はぐんと上がっている。目立たないが、堅実な皇帝として、ローマの財政を健全な状態に保ったと見直された。また、ローマに居ずとも(カプリ島に居住)、情報網はしっかりしており、適切な政策を打ち出していることも分かっている。 質実剛健で地味、だからローマ市民の機嫌取りのようなことは一切しなかった。これが市民からは不人気であったが、内実は帝政を完成させた功労者であるとの見方が強まっている。
↑現在のカプリ島の観光地「青の洞窟」
ティベリウスは、68才以降、この風光明媚なカプリ島に居住した。

■イエス・キリストの時代
 ティベリウスの治世中、イエス・キリストが生まれ、そして処刑もされた。ただし、大ローマ帝国の皇帝・ティベリウスにとっては、彼のことなど知るよしもない。
 聖書には、「カエサルのものはカエサルに」という有名な言葉がある。このカエサルは「ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)」ではなく、称号としての「カエサル(皇帝)」で、ティベリウスを指す。

                     リンク→ ユダヤのコイン「カエサルのものはカエサルに」


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