ウァレリアヌス  


ウァレリアヌス(治世253−260年) 
アントニニアヌス銀貨  253−255年発行  3.0g 21mm
表銘:IMP C P
 LIC VALERIANVS AVG
裏銘:VICTORIA AVGG 

■ペルシャ戦

 ウァレリアヌスが皇帝になったのは、58才。息子のガリエヌス40才であった。ウァレリアヌスは息子のガリエヌスを共治帝とし、
ローマ帝国の西半分は息子に、東半分を自分が統治した。
 ウァレリアヌスの皇帝としての最重要課題は、対ペルシャ戦であった。257年、ペルシャ戦で勝利を収めている。しかし、260年には軍内で疫病が流行。そこにペルシャ軍に来襲され、包囲されてしまう。

■前代未聞 ローマ皇帝が捕虜に

 交渉による打開をペルシャに伝えたところ、シャープールは「少数の供だけ連れて、皇帝が直接交渉に来い」と言う。 ウァレリアヌスが出向いたところ、シャープールは捕らえてしまった。ローマ帝国の皇帝が捕虜になるという前代未聞の事件である。

ナクシュ・ロスタム遺跡(イラン)のレリーフ
左:ローマ皇帝ウァレリアヌス
右:騎乗のペルシャ王シャープール1世
ササン朝 シャープール1世
241−272  ドラクマ銀貨  
 3.8g 27mm

■皇帝が奴隷に

 ウァレリアヌスは、最高権力者の皇帝から一気に最底辺の奴隷にされる。65才の年である。死亡年は不明。

■いたぶられ方 
 シャープールが騎乗の際、四つんばいになって踏み台の役目をした。死後、シャープールは、ウァレリアヌスの皮をはがして朱色に染めて飾らせた。以後ペルシャは、ローマの施設が訪れる度にそれを見せたという。
 ・・・というのが伝承であるが、事実かどうかは不明。ウァレリアヌスはキリスト教を弾圧したので、キリスト教側からは天罰が下るべき皇帝になる。いたぶられた話は、キリスト教歴史家の脚色かもしれない。


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