中国古文銭   【No.1 周~戦国】     【No.2 秦~隋】     

【磬幣】 周(西周) BC11~BC8世紀頃
古文銭に入れているが、貨幣ではない。周墓から出土し、かつては貨幣と考えられていた。そのため「幣」の字がつけられている。

磬(けい)とは、中国で最も古い楽器である。石製の打楽器である。サヌカイトを叩くと金属音がする。この石の長さ・厚みを変えて音階を奏でることができる。これを楽器として仕立てたのが「磬」である。これを単独で使用することは希で、通常は音階順に8個、あるいはそれを2段並べて16個台に懸けた「編磬」として用いたようである。殷代から楽器として使用されている。その後、南北朝頃からは、金属(銅)製の磬を用い、仏教寺院において単独で読経の際に打ち鳴らした。日本には奈良時代以降伝わり、現在も寺院で使用されている。日本のものもたいていが山形の器形である。

画像の品は、本来の石製の磬に比べてぐんと小さく薄い。ミニチュアの副葬用青銅器である。


     【魚弊】周(西周) BC11~BC8世紀頃
これもかつては貨幣と考えられていたが、そうではない。副葬品で、周墓から出土する。なぜ魚の形であるのかは不明である。磬幣よりも厚みがある。

【布弊】
【空首布】 春秋早期~戦国早期? BC9~BC5世紀頃?

下画像のものは、正確には「平肩弧足空首布」という。空首と言うように、首の部分は厚みがあるが中が空洞である。その中に黄土を充填して焼いてある。文字は、「非」の下に「サ」
周を中心とした中原地域で鋳造されている。

農具の鍬形を摸したのが布幣である。空首布の首が空洞なのは、木の柄の差し込み口を忠実に表している。
農具であるのになぜ「布弊」というのか。 様々な説があるようだが、鎛(ハク)という農具→同じ発音の搏(ハク、フ)→布(フ) と変化したという説が有力である。
つくりの複雑な空首布は、鋳造量もさほど多くない。戦国時代になり、経済の発展に伴い、扁平で小型の「平首布」が大量に鋳造されるようになる
【平首布】戦国時代 BC5世紀~BC3世紀

平首布の鋳造地は、三晋地域を中心とする。三晋とは、春秋時代の晋が滅んで、趙・魏・韓の三国に分裂した。この黄河中流域の中原の地である。やがて、燕でも鋳造されるようになった。

下画像の平首布は、足のとがった「尖足布」と、足の角張った「方足布」である。他に、円足のものもある。

平首布は、秦によって統一されるまで、戦国時代を通して流通した。

文字は、鋳造の都市名を表したものが多いようである。
【尖足布】 足が尖っている
《半》 戦国時代 「趙」
【方足布】《尋氏・じんし》 
戦国時代  国は不明
【方足布】《襄垣・じょうえん》 
戦国時代 「趙」
【方足布】 《りん・門がえに火》
 戦国時代「趙」
【方足布】《平陰》 
戦国時代 「燕」

【刀弊】

刀弊は、燕・齊など北方の国を中心に鋳造された。
刀子の形であるが、木簡をけずる文具としてのナイフなのか、あるいは狩猟民族としてのナイフなのか、その起源についての詮索に興味がある。燕など北方の国で発展したものであるので、後者の狩猟ナイフと見た方がおもしろいのだが・・・。

春秋中期に現れたのが、下画像の「尖首刀」で、春秋期のものは、「針首刀」や「齊刀化」など、先端の尖ったものが多い。戦国~その末では、下画像の「明刀」のように、先端の尖りが無くなっている。

尖首刀 「燕」または「中山」 春秋中期~春秋晩期 BC7~BC5世紀 文字があるが、意味不明
明刀 「燕」 戦国時代 BC4~BC3世紀  表文字は「明」  
裏の文字は、上: 「中?」 下: 「左千?」 


【古円法】
円形貨幣は、その後の通貨の原型である。この種のものを古円法と呼ぶ。最初に現れたのは戦国中期(BC4世紀頃)魏で鋳造された「垣字銭」(下画像左)である。当時、経済面での先進国は、この魏をはじめとする中原諸国である。
それらの国で利便性の高い古円法が広まり、その西方の秦もこの円形貨幣を用いた。趙・魏・韓などの中原の国では、古円法と布幣、一部では刀幣が共存していた。一方経済的な後進国であった秦では、古円法に先立つ貨幣がなく、最も利便性に富む古円法のみを取り入れている。
秦では、中央の穴が方形へと変わっていった。「四角い穴あきの円形銅銭」、中国通貨の原型ができたのがこの時期である。さて、その後の秦の快進撃により、方形穴の古円法も東進し、戦国末期、最も東の燕・齊で、同種の貨幣が鋳造されている。

下画像(下)の「明匕」は、方形穴の秦タイプのものであるが、これは戦国末の燕の国鋳造である。
垣字銭 戦国時代
「魏」 BC4~BC3世紀
明匕  戦国時代 
「燕」 BC3世紀

【貝貨】
貝貨は最も古い貨幣である。殷代には天然の南海産「子安貝」が貨幣として流通していた。殷末には銅製の貝貨「銅貝」が出現する。そして周から春秋、戦国早期まで続く。経済に関する漢字に貝のつくものが多いのは周知の通りである。
例 : 買・貯・購・販・財・貧・・・・等。 
銅貝の中には下画像のように鍍金をしたのものもある。通常の
銅貝より高位であろうが、価値の差がどの程度であったかは不明である。これらの銅貝は、中原地域を中心に流通していたが、布幣や古円法の流通拡大にしたがい、姿を消していったと考えられる。 一方、別の説では、これらの銅貝も春秋・戦国期には、楚で作られており、中原地域には流通により紛れ込んだという考えもある。

蟻鼻銭
南方の楚では、下画像(下)の「蟻鼻銭」が主力通貨として、戦国末まで流通した。蟻鼻銭も貝を摸した貝貨の一種である。模様が蟻(アリ)のようであるので名付けられた。鬼瞼銭ともいう。この模様は文字で、下の画像の場合は、「巽」と読むようである。

無紋銅貝「晋」、「斉」、「魯」、「衛」 あるいは楚?
包金銅貝
「晋」、「斉」、「魯」、「魏」 あるいは楚?
左  蟻鼻銭 「楚」 
春秋~戦国時代(BC8世紀~BC5世紀頃)



参考文献
 貨幣の中国古代史 : 山田勝芳 : 朝日選書

 世界史年表・地図  :吉川光文社
 日本貨幣カタログ
 平野氏HP → 


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