鼎 中国 商(殷)時代 

 「鼎の軽重を問う」という言葉があるように、鼎は青銅礼器の中でも中心的なものである。毎日これで肉を煮て、祖神に供え、神託を聞く。国家においては、戦争や儀式などの重要な政策も全て神に頼っていた。

 本品は当然、国王の所有物でない。一貴族の所有品であろう。国王とは規模の差はあるが、各貴族においても祖神を恐れ敬い、青銅製の各種礼器を用いて丁重に祀っていた。

 
■文様 
四角形の目を中心に左右に羽根があるように見えるので、「眼羽文(がんうもん)」と呼ばれる。この羽根のようなものは、「龍」である。四角形を中心に、点対称の形で2匹の龍の体が抽象化されているので「双胴き龍文」ともいう。
 甲骨文字の「良」は、この文様から生まれたと考えられている。「良」は、人名・地名として使用されている。

 地紋は細雷文でとても精緻である。


 この鼎の内壁は炭化物で覆われており、3000年以上たった今も錆もなく黒々としている。祭器として実際に使用した証である。

 耳の上部に鋳欠けの補修痕跡がある。これは、現代の補修ではなく、商代当時のものである。この鼎の製造時に鋳欠けができて、すぐにその部分を再鋳したものと思われる。


 上から写した画像を見て分かるように、器体そのものの厚みがある。小さいながらもずしりと重い。

 骨太の重量感に精密文様を兼ね備える点が、商代青銅器の真骨頂である。


中国 商(殷)後期  
BC13〜BC12世紀
h:18.5cm  
d:15cm

 殷の時代は、国家政策から日常生活まで、全て占いによって決定していた。

 今に残る甲骨文がそれを語っている。「生贄に奴隷を何百人殺すか」という記述もある。「政治=神託」という時代である。実際に、殷虚からは、凄まじい数の生け贄遺体が発掘されている。

 この時代の青銅器は、鬼神を祀るためのもので、極めて呪術性・神秘性の高いものであった。

 本品は、安陽に都のあった時期・商晩期のものである。

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