北宋

白縁天目腕
河南天目 北宋後期〜金初  12世紀初め


全面に黒釉を掛け、口縁部分を削りとる。そして、そこに白化粧を施し透明釉を掛けるという、手のこんだ手法である。黒釉の発色は良く、青みがかった部分もある。磁州窯系の華北一帯の天目釉のものを総称して、河南天目という。
柿釉 腕
耀州窯 北宋後期〜金初  12世紀初め頃

口縁部は無釉で、もとは蓋を伴っていたと思われる。柿釉の発色が良い。柿釉は、中国では「醤釉」と呼ぶ。漆器を意識しての釉薬で、器体も薄造りなものが多い。
柿釉 腕
河南天目 北宋後期〜金初  12世紀初め頃

内面は、黒釉をベースにして上から柿釉を施す。その結果、褐色地に黒線が浮かび上がるように見える。柿釉はマット調になっている。
「供御」銘 建盞
建窯 北宋末〜南宋初め  12世紀

「供御」の銘入りは、宮廷への献上品である。1112年〜1170年がこの献上の最盛期であった。陶片の高台は大きく、大型の碗である。一方の陶片には半透明の釉溜まりが見られる。これがもともと何を狙ったものなのかは、不明。


南宋

禾目(兎毫盞)天目茶碗
建窯 南宋  12〜13世紀
 
端反りの小碗。日本では禾目天目。中国では兎の毛に例えて兎毫盞と言う。 「盞」とは、小碗である。見込みには釉溜まりがある。土は建窯独特の鉄分の多い硬い土である。写真では実際よりも赤みが強い発色になっている。
  ※銀覆輪は現代のもの。
木の葉天目  
吉州窯 南宋 12〜13世紀

木の葉を器面に貼り付け黒釉を施し、木の葉の葉脈
が模様として浮き上がる。高台は小さく平茶碗のよう
に大きく広がる器形。幾片にも割れたものを漆で補修
している。完品ならば天下の名品で、とうてい我が収
蔵品には加えられないもの。
梅花天目
吉州窯 南宋 12〜13世紀

黒釉地に梅花の形に切り抜いた紙を貼り、その上から海鼠釉を掛けて焼成する。紙の部分が文様となって残る。剪紙技法という。
黒釉白堆線文 小壺
河南天目 金  12〜13世紀

白土の細い線を器体に貼り付け、その上から黒釉を施して焼成する。盛り上がった線部分の釉薬が薄く、結果的には白線が浮き出たように見える。河南省の磁州窯系の窯のものである。

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